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Archifil's Blog
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検見川送信所内部視察記が『収蔵庫・壱號館』に
via:【記録】検見川送信所内部視察記(1)-収蔵庫・壱號館-
http://20thkenchiku.jugem.jp/?eid=207

吉田鉄郎設計の検見川送信所の内部視察の模様がブログ『収蔵庫・壱號館』で公開されています。
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建築 | 12:05 | comments(33) | trackbacks(0) |
アートなのか落書きなのか
この手の話題は何度となくされているけれど、結局は住民がどう受け取るか、なのだなと思います。やられるよりもやる方が楽しい、芸術大学の学生がつくるなら芸術でOKという風に受け取られてしまわないようにするにはどうPRしたら良いかは考えてみるべきかも。
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ニュース | 19:14 | - | trackbacks(0) |
丹下の書簡
平和記念公園(広島市中区)の設計者で2005年に91歳で死去した世界的建築家の丹下健三氏が、設計者に選ばれた1949年から約2年間、浜井信三市長(故人)らにあてた23通の未公開書簡が「死後の公開」を条件に市公文書館に保管されていたことが分かった。国名勝となった公園の知られざる成立過程を伝えるとともに若き丹下氏が残した唯一の書簡群。市は公開の検討を始めた。

 東京大助教授だった丹下氏が「原爆市長」として知られた浜井氏や市職員にあてた手紙22通とはがき1枚で、ほとんどが直筆。当時、市長室に勤務していた藤本千万太さん(92)=安佐南区=が89年に市に寄贈した。丹下氏が恒久平和と復興の象徴として手掛けた公園ができるまでの発想や、東京での動きなどを刻々、伝える。

 丹下氏が設計コンペで採用された翌年の50年5月27日の手紙。平和大橋(中区)のデザインを手がけた彫刻家イサム・ノグチ(1904―88年)とのやりとりを報告する。「広場に傾斜をもたせて」というアイデアをノグチ氏が提案し、丹下氏が「やって見たいと思っている」と市に伝えている。原爆慰霊碑のある高さと、南側の広場の間に段差がある公園の構造を決める原点となった、とも考えられる。

 50年9月とみられる市長あての手紙は、3カ月前の朝鮮戦争開戦による世界情勢への憂慮と平和都市建設への決意もつづる。建設省(当時)の人脈などを活用し、「平和運動の基地」として公園内の集会場への補助を国に掛け合っていたことなど知られざるエピソードもある。戦前、広島で学生生活を送った丹下氏は広島を「第二の故郷」と呼んだ。書簡群は丹下氏が並々ならぬ情熱を注いできたことを物語っている。
[via 中国新聞]
- | 02:49 | - | trackbacks(0) |
内井昭蔵-建築の不健康の症状は

 建築の不健康の症状は種種と顕在化してきた。まず精神面での欠陥が目立つ。これは一種の精神的不能症というべきものであって、建築の本質に関わる問題だと思う。建築を建築ならしめるもの、それは空間である。空間はいわば建築のスピリットである。空間の欠落は建築を単なる建物にしてしまっている。建築には目的や機能が存在する。それを満たすことは当然のことである。


 人間は建築の目的や機能で生活を満たす。しかし、建築と人とのかかわりは目的や機能だけではない。人々はそれぞれの建築のもつ独自な空間を共有し、そのスピリットを共感することで相互に強固に結びつけられる。これは精神の伝達のことである。


[出典:健康な建築/内井昭蔵:著]



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言説 | 17:55 | - | trackbacks(0) |
石井和紘-私は、部分をもういちどひろい範囲から

評価:
石井 和紘
鹿島出版会
¥ 3,045
(1988-11)

私は、部分をもういちどひろい範囲から抽出できるようにしたかった。歴史を通じて名称の与えられている部分の数々、それへの思いの広がりを、もういちど個別に点検し、この手に確かめて建築の設計を始めたいと考えた。そしてより自由で多様な部分、より広い構成の世界を得たかった。



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言説 | 17:23 | - | trackbacks(0) |
悪人

評価:
吉田 修一
朝日新聞社
¥ 1,890
(2007-04-06)
吉田修一は好きなので、作品が出る度に読むようにしている。

「悪人」はやっと読むことができた。基本的に、小説は文庫か図書館で借りて読む(スペースを取らない、安く済む)ことが多いので、この作品はなかなか読む機会がなかったのだ。ちなみに、弟が大学の図書館で借りてきてくれた、それもあっさりと。(小説も読もうぜ、大学生)

 読み終わった感想は宮部みゆきの「理由」みたい。

 
とつぜん「こういう女が男に殺されるっちゃろな」と増尾は思った。


という一文が印象に残った。
本-小説 | 01:21 | - | trackbacks(0) |
文化・建築・環境デザイン

評価:
エイモス・ラポポート,大野 隆造,横山 ゆりか
彰国社
¥ 2,100
(2008-09)
建築家の好みや直感だけで、ほんとうに住みよい環境ができるのか?
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本-建築 | 07:42 | - | trackbacks(0) |
メタボリズム
わが国最初の建築ー都市デザイン運動だった。(序文)


メタボリズムは、メンバーであった建築家にとって過去だったのか。また僕らにとって、過去の時代の建築運動に過ぎないのか。

その答えは、否である。
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本-建築 | 07:16 | - | trackbacks(1) |
トラヴァース

評価:
南 泰裕
鹿島出版会
¥ 2,310
(2006-12-02)
本書が出版された時、モノクロ写真の表紙がとても印象に残っていた。
いま、改めて読んでみて、伊東豊雄の帯文がとても鋭いということに気づかされる。

内側からしか触れることのできない都市/
外側からしか読みとることのできない都市、
「TRAVERSE」なる想像力によって
ふたつの不可能な都市は交叉し、結ばれはじめる。
内/外を編み上げるこの作業こそ現在「建築」する行為にほかならない。


小説やエッセイや論文を通して、描かれる都市の視点は、いわゆる都市(東京)の内/外の境界にある。それが特に印象的なのは、第三章での湾岸をひたすら歩くフィールドノートだ。湾岸という都市の境界をなぞっていく行為、そこで見ることのできる光景は、工場であったり、大規模団地であったり、ゴミ処分場であったりするわけだが、そのどれもが都市から隠された場である。しかしそこに都市が見える。印象を記述しただけのような文章が、逆に都市を浮き彫りにしているのだ。

本-建築 | 02:30 | - | trackbacks(0) |
堀部安嗣の建築
いまの建築家はみんなサードベースに向かって走ろうとしている。


そのようなことを堀部さんが語っていたのを、読んだ記憶がある。
初めて堀部さんの建築を雑誌で見かけた時、その良さを感じることができなかった。それは、学部の3年になるかならないかの頃だ。サードベースに向かって走るような瞬間的に理解できる建築にしか面白みを感じなかったからだ。そういう建築は図面を読まなくても楽しめる。
いま、堀部安嗣の建築の項を捲る時に、空間の写真以上に図面に眼がいく。どのようなプランになっているのか。シンプルな図形の中に、いかにして空間を閉じ込めているのか。淡く、くすんだ色彩のパステルの中で浮かび上がるプランを見ながら、空間の流れを夢想する。

力を入れたくなるところに力を入れず、その背後を支えるものをしっかりとつくっておく。そうして「できてしまった」余白のようなところが、意外と居心地がよいのかもしれない。 ―堀部安嗣―
本-建築 | 22:46 | - | trackbacks(1) |

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